同じ 1976 年、最初の著作である『最後の転落』 (
La Chute finale) において、10 年から 30 年以内の
ソビエト連邦崩壊を人口統計学的な手法で予想し、注目された。この本は 7 か国語に訳され、25 歳にして国際的に知られるようになった。前年に
ベトナム戦争が
北ベトナムの勝利で終結し、ソビエトの威信が高まる中、フランスでは、ソビエトでは
全体主義に順応した新しいソビエト的人間が生まれ育っているので体制崩壊はない、という主張があった
。これに対しトッドは、
ロシア人女性が
識字率上昇の後に
出産率が下がるという
人類の普遍的傾向に従って近代化していることを示し、ソビエト的人間説を否定した。また通常は下がり続ける
乳児死亡率が、ソビエトでは
1970年から上がり始めたことを指摘し、体制が最も弱い部分から崩れ始めたと主張した。ソビエト連邦は実際に
1991年に
崩壊し、トッドは予言者と見なされることとなった。