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「久良岐郡」||物件-LINK.com (05/27update)

久良岐郡 wikipedia|無料辞書

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令制国一覧 > 東海道 > 武蔵国 > 久良岐郡
久良岐郡所在図(薄黄
日本 > 神奈川県 > 久良岐郡
久良岐郡(くらきぐん、くらきのこおり)は、武蔵国神奈川県にかつて存在したである。
範囲は多摩丘陵南部の東京湾に近接する地域、および三浦丘陵の北端。
現在の行政区画では、横浜市の中区南区西区磯子区港南区金沢区に相当するが、古代の郡域はさらに北の川崎市との境界近くまで広がっていた横浜市歴史博物館 NEWS 8 研究余話 都筑郡と都筑区と「つつき」
[外部リンク]http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/news/news8-3.htmlとも見られている。
現在では中村川堀割川の分岐点の久良岐橋や、
[外部リンク] 久良岐公園(1973年に命名された造成地)と横浜市能楽堂(久良岐能舞台)に名を留めている。

◆ 沿革

◇ 古代〜中世
郡衙の場所は判明していない。港南区栗木、笹下や、南区弘明寺にあったと推定されている。
534年 武蔵国造の乱後に屯倉が置かれた武蔵国倉樔(くらす)が、久良岐郡であるとする説が有力(倉樹の誤記とするなど)
700年藤原京跡から出土した木簡久良郡の文字
768年 続日本紀に「武蔵国橘樹郡人飛鳥部吉志五百国於同国久良郡獲白雉献焉」の記述
938年 和名類聚抄に、久良郡八ヶ郷(鮎浦郷、大井郷、服田郷、星川郷、郡家郷、諸岡郷[外部リンク]http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/news/news20-6-1.html、州名郷、良椅郷)の記述
1099年(康和元年) 武蔵国司 藤原成実が港南区日野の春日神社を建立
1258年 伝法灌頂雑要抄に「武蔵国倉城郡六連庄内金沢村点越後守平実時…」の記述
1500年北条幻庵陣屋をおいたとされ、久良岐郡と呼ばれていた
1830年 新編武蔵風土記稿 巻之七十三 久良岐郡之一 郡図総説ほか

◇ 近代
1872年(明治5年) 雑色村、関村、松本村が合併して笹下村が成立、宮ヶ谷村、宮下村、金井村、吉原村が合併して日野村が成立。
1878年(明治11年) 郡区町村編制法により行政区画としての久良岐郡が編成された(45村)。
:郡役所は笹下村東樹院(現在の港南区笹下二丁目)に置かれ、横浜の市街地区域は横浜区として独立した。
1889年(明治22年)4月1日 町村制施行され、戸太村(とだむら)、中村、本牧村根岸村屏風浦村大岡川村、日下(ひのした)村、金沢村六浦荘(むつうらしょう)村の9村が発足。
・ 同日、横浜区に市制が施行され、横浜市が発足した。
1895年(明治28年)10月 戸太村が町制を施行し戸太町となる。
1897年(明治30年)六浦荘村が鎌倉郡鎌倉町から峠を編入。
1901年(明治34年)4月1日 戸太町、中村、本牧村、根岸村が横浜市に編入される。
1911年(明治44年)4月1日 屏風浦村のうち北部(磯子・滝頭・岡)および大岡川村のうち北部(堀ノ内・井土ヶ谷・蒔田・弘明寺・下大岡)が横浜市に編入される。
1926年(大正15年)1月1日 金沢村が町制を施行して金沢町となる。
1927年(昭和2年)4月1日 屏風浦村、大岡川村、日下村が横浜市に編入される。
1936年(昭和11年)10月1日 金沢町、六浦荘村が横浜市(磯子区)に編入され、久良岐郡は消滅した。
  ・ →横浜市#行政区域の変遷

◆郡内自治体変遷