明治憲法においては
三権分立の原則が確立されてはいたが、行政官庁である司法省が
裁判所規則の制定権や判事を含めた裁判所職員の人事権を行使するための司法行政や
弁護士及び
弁護士会の監督を掌握していた。このため、具体的に
検事が司法省人事を掌握、検事が
判事の下位の位置づけにあっても実際には行政側が司法側に対して干渉することが事実上可能となっており、三権分立の形骸化の危険が常につきまとい、実際に
司法大臣訓示等の形での干渉が行われていた。他方、判事は
終身官とされていたため、十年ごとに再任拒否や
国民審査による罷免の危険にさらされる現行憲法下の裁判官よりも個々の裁判官の独立は保障されていたとみる向きもある。
諸外国には、司法省という官省が多数ある。あるいは、司法省は法務省と同じ意味を指すとも取れる。また、英訳も両者とも Ministry of Justice である。